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朝はたいてい、目覚ましが鳴る10分前から始まる。

 

もうすぐ、けたたましい音があなたたちを起こすよと、何かに囁かれたかのようにふっと持ち上がる意識。目覚めてすぐ、朝日の差し込み方や室内の肌寒い空気感で、なんとなくの時刻を察する。

 

「……」

 

寝ぼけ眼を引きずって、いっしょうけんめいベッド頭に伸ばす腕。せっかく起きたのだから目覚ましは切ってしまおうと、出番を待っていた時計のスイッチを申し訳なくもオフにする。

 

ぶるりと感じる肌寒さ。ほんの少し毛布から生身の腕を出しただけで、起きるのが嫌になってしまうほど。

反射的にもう一度、その腕を温もりの中に戻す。私が……私たちがいっしょに、一晩かけて生み出した温もりの中に。

 

「……、ん…」

 

隣で寝息も立てずに眠っていた人がみじろぎしたのは、一瞬で冷えたこの腕の冷たさを伝えてしまったからだろうか。

朝日が昇りきらない朝焼けの明かりの中、そっと彼の横顔を見つめる。ゆっくりゆっくり開かれる、空色の宝石を。

 

「……」

「……。……クラウド」

 

名前を呼ばれたその人が、私に瞳の光を向けた。

とくんと。心臓が目覚めるのと、クラウドが私と目を合わせるのはおんなじタイミングだった。

 

「……ティファ」

 

起きて早々口元を緩ませてくれたその人は、挨拶の前に唇へ触れるだけのキスをする。

どれだけ眠くても、このキスひとつで眠気はぱっと消えてしまうのだから……ある意味世界でいちばんの目覚ましかもしれない。

 

「……おはよ」

「うん……おはようクラウド」

「……。……もう時間か?」

「…あと5分、ってとこかな」

 

あと5分というのは、クラウドが起きなければならない時間のこと。私よりも家から職場が遠いから、準備も家を出る時間も早めに設定しなければならない。私はというと、本当は7時くらいで十分間に合うのだけれど、せっかくだから少しでも多く話がしたいと思って一緒の時間に起きるようにしている。

 

それに私には、能動的に続けているミッションがある。今晩のご飯の仕込みと、大事な大事な、お弁当作り。

 

「…クラウド、今日お弁当は?」

「…欲しい」

「わかった。半分くらい昨日の夜の残り物だけど許してね」

「いい。……ティファが準備してくれるだけで嬉しい」

「もう、ちゃんと味わってくれてる?」

「当たり前だ。世界一うまい」

「ふふ……ありがとう」

 

褒め上手なこの人の、優しい言葉に酔いしれているうちに、あっという間に時間はやってくる。クラウド越しの世界にちらりと入った壁時計は、ぴたりと6時を指した。

 

顔中にキスの雨を降らせて、なんとか時間をごまかそうとするクラウドと沢山笑ってから、私たちはベッドを出た。

新しく始まる今日のために。私たちの生活のために。

 

 

再会したクラウドと想いを通わせるのに、長い時間は必要なかった。

運命と呼ばざるをえないタイミングで、場所で、私たちの目は合った。幼い頃からずっと憧れていた人が新居のお隣さんだった喜びはもちろんのこと、クラウドが私をまだ覚えていてくれたのが嬉しかったのを、何より覚えている。

 

再会したその日からずっと、クラウドは私を気にかけてくれていた。……というより私も、クラウドのことをずっと意識して過ごしていた。家に帰ってくるタイミングが重なったら一緒にご飯に出かけたし、仕事がお休みの日にも会うようになった。

ベランダ越しに話もした。電話で、目覚ましの代わりをつとめ合った日もあった。新しい土地で慣れない私に、クラウドは必要なときいつも手を差し伸べてくれた。

 

離れていたときの分、私たちはたくさんのお話をした。今日までのこと、これからのこと。何を感じて生きてきたか、どんなことがあってここにいるのか。伝えたいことが沢山あるのにお互い口下手でうまく言葉にできなくて、おしゃべりするだけで時間はかかったけれど……それは、クラウドと同じ時間を過ごすための立派な口実になっていた。

 

『…ティファ。一緒に住まないか』

 

ある日の夜、一緒にお出かけした帰り道。好きだ、とか、付き合おう、とか。そういった類の言葉を全部と日越して、クラウドは私にそう提案した。

本気で言ってる? 急なお願いにそう訊き返しそうになった。だけど私を見つめるクラウドの視線は、いつもと変わらずきらきらと、真っ直ぐに輝いていた。

 

『……いっしょに? クラウドと、私が?』

『…うん』

『…もう、今もお隣さんだよ?』

『……わかってる。でも、一秒でも長く一緒にいたいんだ。ティファと』

『…クラウド』

 

揺るがない宝石のような瞳に、私はいったい何度恋に堕ちればいいんだろう。

ずっと一緒にいたいと思っている人にそう言われて……どこの誰が、断ることができるというのだろう。

 

『……はい』

 

気づけば私は、必死な表情を見せるクラウドに小さく頷き返していた。

あれは、クラウドと再会してから迎える、はじめての夏の日のことだった。

 

 

 

 

「ティファ?」

 

ぼう、としていたときに名前を呼ばれてはっとする。手元には水につけたお皿。さっきまで二人で一緒に食べていた朝ごはんの洗い物。

慌てて声のするほうを振り返れば、クラウドは私を見て不思議そうに首を傾げ、ネクタイを結ぶ準備をしていた。

 

「どうした、ぼーっとして」

「あ、ううん。昔のこと思い出してただけ」

「昔?」

「うん。…一緒に住もうって言ってくれた日のこと」

「ああ……。あの日か。……なんでまた」

「特に理由はないんだけど……嬉しかったなあって思って」

 

濡れた手をふわふわのタオルで拭きながら、はにかむ。

クラウドも照れてしまったのか、ネクタイを器用に結びながら目を逸らしてしまった。

 

「……。ごめん」

「何が?」

「……びっくりしただろ。急だったよな」

「あはは、たしかに、びっくりはしたかなあ」

「……あれからしばらく一人で反省した」

「ふふ、そんなのいいのに。嬉しかったよ」

「……。あのときは必死だったんだ」

「…そんなに一緒にいたいって思ってくれてたんだね」

「…まあ、喉から手が出るほどには」

「ふふふ」

 

照れ隠しに笑いながら手渡すのは、しっかりあたたかいお弁当。クラウドは、こちらが自惚れてしまうほど嬉しそうな笑顔とともに、ありがとうと呟く。その笑顔に見惚れながら、お米粒ひとつ残さず返ってくるであろうお弁当の未来の姿を思い描いて、心の中まであたたかくする。

 

クラウドはそんな私の胸の内を知らないまま、玄関に歩いて行く。再び確認した時計はあっという間に7時にたどり着いていた。早起きをしようと、過ぎる時間の早さは変わらない。いっしょにいる時間が足りないことは、変わらない。

 

「…じゃあ、行ってくる」

 

玄関で振り返ってくれた、スーツに身を包む仕事モードのクラウドは、頑張って感情を制御して冷静な目で見たとしても……格好いいと思わざるをえなかった。

 

(…どうしようもないなあ、私も)

 

「…ふふ」

「ん?」

「ううん。いってらっしゃい、気をつけてね」

「ああ。……ティファも出るとき気をつけて」

「うん」

「戸締り、忘れるなよ」

「ふふ、わかってます」

「…困ったことがあったらすぐ連絡しろ」

「あはは、毎日聞いてくれるけど、そんな頻繁に困ったことなんて怒らないよ」

「ティファ。…悪いことは決まって油断したときに起こる。だから油断できない」

「ふふ、はいはい、わかりました」

「俺は真剣だからな」

 

このままだとクラウドが仕事に遅れかねない。そう思って、やけになっているクラウドに近づく。改めて、いってらっしゃいの「挨拶」をするために。

恒例の「挨拶」がくることを悟ったクラウドは、途端に話すのをやめて、自然に身をかがめてくれた。

 

「……」

「……」

 

ほんの少しだけする背伸び。朝の挨拶のときだけなぜか照れずにできる口付け。

それはきっと、唇を離したあとに見えるクラウドの柔らかい表情が、何よりも好きだからなんだろう。

 

「…いってらっしゃい」

「……いってきます」

 

開かれる扉。暖まった室内と比べてうんと寒い冬の空気が、眩しい朝の光とともに部屋の中に差し込む。その全てが、今日という一日が始まることを知らせてくれる。

 

笑顔を記憶の中にしっかり刻みつけて、私はクラウドを見送った。

 

その経験は私が思うより、私をうんと幸せにした。

 

 

 

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