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真っ赤なビニール傘をさし、黒い大きな傘を持ち歩く、最寄りの七番街までの一本道。雨が降るのは久しぶり。一ヶ月ぶりくらいに登場させたレインブーツを履いて、私は上機嫌でその道をゆく。

 

迎えにいくのはただ一人。今朝傘を持たずに家を出て行ってしまったうっかりさんと、駅の改札口で待ち合わせをしている。

クラウドよりも早く仕事が終わってよかった。一度家に帰ったあと、こうして雨対策もバッチリして、彼の分の傘を持って迎えに行けるのだから。

 

今すぐにでも帰ってきてほしい人。私の、帰る場所になってくれた人。

 

 

「…クラウド!」

 

人混みの中、クラウドを見つけるのにそう時間はかからなかった。

 

雨だ、どうしようと、口々に呟く人々の合間を縫って、私をきょろきょろと探す彼の元へと一直線に歩く。いま電車を降りてきた人たちと違って、私は雨粒をたくさん纏っているから、当たらないように気をつけて。

 

大きな声とは決して言えないけれど、黒の傘を抱きしめたまま自分なりに力をこめてその名を呼べば、クラウドは少し離れた距離でも私を見つけてくれた。

 

「…ティファ」

 

目が合ったことが嬉しくて思わずその場で笑いかける。小さく手を振っている間に、クラウドの方からこっちに駆け寄ってきてくれた。

抱きしめられると気づいたのは、びしょ濡れの赤い傘ごと、抱きしめられてしまった後のこと。

 

「わっ、ちょ、クラウドったら……」

「…ティファだ」

「ふふ、うん、私です……、ん」

 

人前で抱き合うなんて恥ずかしい、という文句は、さらに恥ずかしい口付けによって封じられてしまった。いつも外で冗談ぽくくれるものと違って、感情的なキスに思わず胸の音はどきどきと速度を早める。

目を閉じていても、すれ違っていく人たちが私たちのことを何か言っているのがわかる。だけど残念ながら、私にクラウドを突き放したり拒否をしたりする理由は、ひとつも備わっていなかった。

 

「……、…もうクラウド、…どうしたの?」

「…会いたかった」

「今朝ぶりなのに?」

「…いつぶりでも同じだ」

 

お仕事で何かあったんだろうか。それとも何もなく平和な一日だったんだろうか。私を腕の中に閉じ込めたまま幸せそうにこちらを見下ろすクラウドの表情は、雨に似合わず柔らかい。

次いで、ほっぺたにもキスの雨を降らせようとするクラウドをようやく制してから、帰ろうと腕を引っ張る。帰るということには抵抗がないのか、彼は大人しくこくんと頷きついてきてくれた。

 

(…ふふ)

 

クラウドに背中を向けてから、ゆるりと緩む頬。

嬉しくないはずがない。ときめいかないわけが、ない。

 

「……あ。…はい! これクラウドの傘」

「…すまない、助かった。ずぶ濡れで帰るところだった」

「風邪を予防できて何より」

 

ふたり、肩を並べて同じタイミングで傘を開く。ぽつぽつと、ぼつぼつと、二人の傘を雨粒がリズムよく叩く。駅から天望荘までは少し距離がある。家の外で、二人きりd絵お話をするにはりょうどいい、たっぷりとした距離。

私たちは同じ場所に帰る。私たちの意志で、私たちの足で。

 

「……」

「……ん?」

「…クラウド今日、何かあった?」

「いや、特別なことは。どうした?」

「ううん、機嫌いいなあと思って」

「それは……ティファが迎えにきてくれたから」

「…それだけ?」

「それだけ」

「……こんなことで、機嫌良くなってくれるんだ」

「こんなこと? …ティファはまだ自分の価値をわかってない」

 

クラウドが「大事に思ってるよ」という気持ちを言葉にしてくれるたびに、胸がいっぱいになって返事ができなくなる。

 

傘で自分の顔を隠してから、笑みを深める。大事な人に大事にしてもらうことで、こんなにも穏やかな気持ちになるなんて、私はこの人に会わなければ知ることができなかった。

 

教えてもらった、多くの幸せ。

喜びという名のついている感情以外にも、たくさんある幸福。

 

 

 

 

「ふう! ただいま」

「…ただいま」

 

二人であわてて入る部屋の中。びしょびしょになった傘を玄関いっぱいに広げて、ちょっと濡れてしまったお互いの髪や顔を拭い合う。

 

ストーブをいれよう。お風呂にお湯をためよう。そうしてあたたかくなってから、早く二人でベッドに入ろう。

どちらからともなく提案して、部屋の中にぬくもりを集める。ご飯を作って、美味しく食べて笑い合う。

 

私たちは幸せを集めることができる。自分たちの手で、選ぶことができる。

 

 

 

 

「…ティファ」

 

思う存分幸福をかき集めてから、飛び込んだベッドの中。お互いの体に触れて、そばにいることを確認し合う夜。

クラウドが私の名を呼んだのは、彼の体温に包まれてまどろんでいたときだった。

 

「…?」

「……雨が止んでる」

「…え?」

 

ぐい、と。寝転んだままクラウドが窓の方に腕を伸ばす。少し揺れたカーテンの隙間から見えたのは、さっきまで分厚い雲に隠されていたはずの綺麗な三日月だった。

 

「わ……ほんとだ」

「…あんなに降ってたのにな」

「ね。いつの間に晴れたんだろう……」

 

思わず身を乗り出して覗くお月様。それは部屋に明かりが必要ないくらい、広く優しく夜の世界を照らしている。

 

月。幼い頃から憧れの象徴。自分自身で光輝くことはできないけれど、たくさんの光を受け止めて、それを他のものに返すことができる星。

 

私は光を受け止めたかったんだ。見つけて欲しかったんだ。

厚く広がる灰色の雲に隠れる、この世界で最も熱く美しい輝きに。

 

(…クラウド)

 

「…ティファ」

「…?」

「…そんなにベッドから身を乗り出すと冷えるぞ」

「あ……」

「…こっちおいで」

「……うん」

 

いつの間にか肩からずれ落ちていた毛布をかけ直しながら、クラウドが私を温もりに誘う。素直にもう一度その腕の中に体を寄せれば、クラウドは毛布ごと私を抱きしめてくれた。

 

「……」

 

窓の向こうの月を見つめながら、クラウドの腕の中で、彼の鼓動に心を委ねる。クラウドが、私が、今ここで生きていることを確かめる。

 

「……月、綺麗だな」

「…うん。……すごく綺麗」

「…どんな都会にいても、月だけは見つけられる」

「…そうだね……すごいよね」

 

(……ああ)

 

なんて、嬉しいことなんだろう。

ずっと一緒にいたいと思っている人のそばで、微睡むことができるなんて。なんていう奇跡なんだろう。この人と同じものに感動し、同じことに幸せを感じられるなんて。

 

「ねえ。……クラウド」

「…ん?」

 

月に背中を向けてから、クラウドの目を見る。

胸の中が言葉で溢れる。クラウドを想う気持ちが、私の中に確かにある願い事を呼び起こす。

 

「私を……また、選んでくれてありがとう」

 

(……また?)

 

私自身から発せられたのは、口にしようと意図していなかった言葉。その言葉は独立していて、大きな想いに突き動かされるように、くるべきときが来たかのように、自然に音を持ってクラウドに届けられる。

 

「……、」

 

言葉を受け取ったクラウドが、目を見開き息をのむ。私と違い、その意味を理解したかのように。彼がどうしてこんな驚いた顔をするのかはわからない。わからないけど……私の心はそれを、穏やかに受け止めていた。

 

「……。…俺の台詞だ、ティファ」

 

宝石のような瞳からこぼれる一筋の涙。涙の理由を聞くことなく反射的に指で拭えば、クラウドはただ、穏やかに微笑んでみせる。まっすぐに私の目を見て。心の中に直接、語りかけるかのように。

 

「…俺を、見つけてくれて……ありがとう」

 

いつからだろう。私たちはいつから、この瞬間を待っていたんだろう。どれだけの時間、想いを伝える瞬間を待ち望んでいたんだろう。

クラウドにつられるように、私の瞳からも涙がぽろぽろと溢れる。説明はできない。だけどきっと、これは嬉し涙。体の中の、心の奥の奥の私がほっと大きく息をついたときにこぼれた、あたたかい涙。

 

私たちはきっと見つけ合えたんだ。探していた言葉を、求めていた言葉を。この世界で、たった一人の光を。

 

「……見つけるよ、何度だって」

 

クラウドと結ぶ新しい約束は、夢か現実かもわからない夜の中に溶けていく。明日になったら私たちは、この夜のやりとりを忘れているかもしれない。いろんな時間と繋がる夜は、記憶さえも曖昧にしてしまうから。

 

だけど、ベッドの中繋ぎ合ったこの手だけは、もう二度と離さないでいたいと思った。

 

夜を越えて、朝が来るまで。この手の中に確かにある、存在しないはずの運命を抱いて。


 

thank you for your taking the time to read.