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今日は外に出たくないなと、私だけではなくきっとクラウドも思ったんだと思う。
曇天という言葉がぴったり合う寒空。雨こそ降っていないものの、家の中にいても聞こえる風の音や激しく揺れる木々の音から、外が極寒であることは容易に想像できる。
朝目が覚めてコーヒーを飲みながら、二人でぼうっと窓の外を見つめていた午前11時。
出かけようか、という言葉が出る気配を見せないのは、二人がまだパジャマ姿だからだろうか。
「……」
「……」
「…外、寒そうだね」
「…ああ」
「…クラウド、今日予定は?」
「…特にない。ティファは?」
「私も特にない。お買い物、昨日できたし」
「……」
ずずずとクラウドがコーヒーをすする。ごくごくと私もそれを飲み干す。
無言で彼が立ち上がり、向かった先は洗面台。私も食器を片付けたあと、クラウドに続いて一緒に歯磨きを開始する。
「……」
「……」
ただ、歯を磨くだけなのに、クラウドとの距離がやたらと近いのは偶然じゃない。胸がどきどきするのもきっと、偶然じゃない。鏡越しにクラウドと目が合う。じっと見つめられっぱなしになって、頭の中もくらくらし始める。
「…ティファ」
先に口をゆすぎ、部屋に戻ったクラウドが私に声をかけたのは、恥ずかしながら期待していた通りベッドの上のことだった。
「…なに?」
「提案なんだが……聞くか?」
「…うん、聞く」
聞く、と言いながら座るのは、ベッドというよりクラウドの膝の上。太い首に腕を絡ませて、珍しく態度なんかで示してみる。
言葉で提案をもらう前に押し倒されるのは私の体。なんとも満足そうにこちらを見下ろすクラウドは、わざと今日の天気を曇りにしたんじゃないかと思うくらい、嬉しそうに見えた。
「……いい?」
「………うん」
どうやら、提案の具体的な内容を口にするまでもないと判断したらしいクラウドは、主語も目的語も全部なしにして、私に合意の確認を取る。恥ずかしげもなく頷いた数秒後には、その唇は私のものと重なっていた。
「……」
自分がぼんやりしていると気づいたのは、部屋の温度が下がってきたからだろうか。ぶるりと体を震わせて、隣のあたたかい体に身を寄せる。
同じく黙ってぼんやりしていたクラウドは、縮こまる私に気づいて体を抱きしめ直してくれる。二人で散々暴れちゃったせいで、毛布は落ちてベッドの下。頼りになるのはお互いの温度だけ。
「……。寒くなってきたね」
「…汗かいたからな。冷えてきたんだろう」
「あ……なるほど」
「…まだ寒いか?」
「ううん。……クラウドがあったかいから平気」
「……また汗かくか?」
「もう。ばか。……ちょっと休憩させて」
相変わらず、いつまで経っても元気なクラウドを制してから、壁にかかった時計を見る。
クラウドの「今日の過ごし方の提案」を受け入れたときはまだ午前中だったのに、いつの間にか短い針が指すのは3と4の間。……5時間ちかくこうやって、くっついたり重なったりをしていたのだと思うと、少しめまいがした。
……そう。クラウドはたまに、こんな感じにお腹をすかせたオオカミになることがある。
いわゆる夜の営みを、普段全くしていないと言うわけではない。むしろ多い方だと思う。クラウドはお昼間「そういうことに興味はありません」といったような顔をしているのだけれど、その気にさせると別人だ。どこにそんな色っぽい顔を隠していたのかと問いただしたくなるほどの色気を持って、私に触れる。
だけどそんなクラウドと出会えるのは、普通は夜だけ。お休みの日であってもよほどのことがない限り、お日様が上にあるうちに誘ってくることはないし(おそらく私がつかれていたせいで一度嫌がったことがあるからだと思う)、オオカミの横顔を匂わせるようなこともしない。
だからこそ、こういうとき……クラウドが欲しがってくれているとき、私はすぐに勘づいてしまうようになった。雰囲気とか表情とかをがらりと帰るクラウドの変化に、いち早く感化されるようになっていた。
それはつまり、普段から私がクラウドに触れたがっているからなのかもしれないけれど、そこは深く考えないでおきたいと思う。
(……それにしても)
なんていう、どうしようもないお休み。
人に説明すらできない……二人のためだけの時間。
「…クラウド」
「…うん」
「……もう4時だって」
「………。あっという間だったな」
「うん……。…なんだか、だめな大人になった気分」
「…たまにはいいよ」
「うん……でも、へんな感じ。何ていうか……」
「…背徳感?」
「そう、それ」
「…誰にも言えないもんな」
「……誰にも言えないよ」
しわくちゃになったシーツ。ぼさぼさになっている髪。服も全部どこかにいってしまって、無防備そのもの。
誰にも知られたくないだらしない姿を、一番好きな人に見つめられている矛盾。私と変わらない状況なのに、美しさを増しているような気がするクラウドは、ただ上機嫌に私の髪を撫で続けている。
「……」
「……クラウド」
「…ん?」
「…機嫌いいね」
「…ティファを独占してるんだ。……よくないわけがない」
「……飽きてない? 大丈夫?」
「飽きる? ありえない」
「………自信満々に言われると照れる」
「…かわいい」
「く、くら……ん、」
抱えきれないほど嬉しい言葉をもらったあとに、念押しとばかりにキスをされる。いつの間にか自然とできるようになっていた舌を絡める口付けに答えながら、頭の中はぐるぐるとする。
(……)
時々まだこの人が、どうして自分を選んでくれたのかと不思議に思うことがある。
無条件の愛、という表現がひょっとすると正しいかもしれない。クラウドは私がすることの全てを肯定してくれるし、何があっても味方でいてくれる。
それはとても嬉しいこと。だけど、時々不安になること。
この世界に永遠なんていうものはない。飽きることなどないと明言してくれるクラウドの気持ちも、いつかは変わりゆくかもしれない。これからもっと長い時間を一緒に過ごすうちに、今は見えていない私の嫌なところを、クラウドは見つけてしまうかもしれない。
だからせめて、クラウドが私の「何」を好きなのかくらい知っておきたいと思うけれど、その質問はたいてい失敗に終わる。クラウドがいつも躊躇いなく「全部」と答えるから、会話はそこで終わってしまう。
クラウドのそばにいると、溢れ出る安心感。それに比例するように育つ不安感。何度キスを交わしてもだめ。何度体を重ねてもだめ。きっと言葉さえ……完璧な特効薬にはならない。
きっとこれは、恋をしている以上逃れられない宿命。
私はクラウドを好きだから。一生懸命に、好きだから。
「……。…クラウド」
「…ん?」
「……。……やっぱり何でもない」
「何。教えて」
「……。……クラウド、お腹減ってない?」
「……減ってない」
「うそ。さっきからぐるぐる鳴ってるよ」
「…気のせいだ」
「ふふ、お昼食べてないもん、誤魔化してもだめ」
「……まだ離れたくない」
「…ベッドからキッチンに移動するだけだよ?」
「……。…俺も行く」
のっそりと、二人くっついたまま起き上がる。ぼさぼさになった髪は、眠そうな顔をしているクラウドが手櫛でなおしてくれる。
お礼とばかりに頬にキスをしたら、クラウドは苦しいほど強く私の体を抱きしめた。
「ふふ、く、苦しい」
「……ティファ」
「ん?」
「……呼びたかっただけだ」
「もう……ねえ、クラウド。何食べたい?」
「ティファ」
「い、いっぱい食べたでしょ? それ以外」
「……肉」
「んー……唐揚げにしようか。キャベツ切るのお願いしてもいい?」
「…あの、細切れにするやつか? まかせろ」
「あはは、クラウド、千切りは得意だもんね」
「……うん」
ちらりと覗き見たクラウドの、なんとも言えない幸せそうな横顔に、せつなくなるまでの愛おしさを感じて目を閉じる。
時間はきっともう4時を過ぎた頃。ゆっくりご飯を食べてのんびり片付けて、夜になる頃にまた私たちは抱き合っているかもしれない。それとも別の楽しいことを見つけて、二人で笑い合っているかもしれない。
幸せも不安も、この人がほしいという欲望も、際限というものをしらなかった。
無限と呼ばれる何かを、クラウドは確かに持っていたから。